11/29(月)
2010年秋冬: アーノンクール、再びホールに来る!
アーノンクール氏と旧知の竹内 茂先生、きょうはご報告があります。
まずは、私共の小さいエオリアンホールで30年前に行われた、ニコラウス・アーノンクールの特別コンサートのことから。――今や古楽の領域を遙かに超え、世界屈指の指揮者として人気を集めているこのマエストロが、たった140人の聴衆を前に10数人の手勢、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスを指揮し、ヴィオラ・ダ・ガンバを熱演されたのでした。オール自由席で5千円均一。「Conaisseurs(音楽通)のためのコンサート」と命名の上、これを企画されたのは、今は亡き大橋敏成先生(上野学園大学の古楽部門の創始者で、マエストロの数少ない日本人の弟子)でした。


アーノンクール氏はホールの響きに満足の意を表されていました。バッハのロ短調ミサ曲をNHKホールで聴いた私の若い友人が、「このホールで聴くとシェーンベルク合唱団が100倍もすばらしい響きになっていますよ」、と興奮していました。〈光あれ!〉の壮麗なコーラスでは、眩く、しかもいぶし銀のような光がホールにさし込んだかと思われました。これを終えた時、マエストロは大声で、「 Sehr gut(とっても良い)!」を3回繰り返されました。

さて、確か1980年のコンサートのことに戻りましょう。マエストロもアリス夫人もその時のご記憶は薄いご様子でした。急遽立ち上げられた、エクストラのコンサートでしたから。その時の聴衆も、学園の中では指揮の有村祐輔先生と私だけになりました。曲目もうろ覚えでしたが、先生がお電話で教えてくださり、コンサートが甦りました。――それ以前にウィーンでアーノンクール氏のレッスンを受けていた竹内先生に、マエストロが当日のプログラムのリクエストを求められ、先生がビーバーの《戦争》を提案されたとのこと。ヴィオローネを持参していない、とマエストロが言われたので、先生のお手持ちの楽器を提供されたとは知りませんでした。演奏後にヴィオローネ担当者が「借りた楽器は弦が太くて、スネアでなく大砲のように響くね」とボヤいていたとは、いやはや、いかにも良き時代のエピソードです。

そう、「年年歳歳花相似たり 歳歳年年人同じからず」です――記憶の底から呼び戻された超ミニのコンサートと、聴いたばかりの大ホールを揺るがせたコンサートと。でもどちらも、私が音楽家として敬愛して止まないアーノンクールの所業として、私の記憶の中で等しく輝き続けるでしょう。
11月25日 船山信子
※竹内茂上野学園大学名誉教授(ヴァイオリン)は、長らく器楽主任・楽器研究室主任として、大学オーケストラ、古楽器収集や古楽部門の発展に寄与された大先輩です。
※写真:青柳聡、上野学園 石橋メモリアルホール (無断転写、複製は固くお断りいたします。)